この人を訪ねて

守屋龍一さん(H15卒)

北京オリンピックで6位入賞

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【略歴】

昭和60年2月28日生
平成15年3月 岸和田市立産業高等学校 卒業
平成19年3月 近畿大学 経営学部 卒業
平成19年4月 株式会社 ミキハウス入社
平成19年7月 北京オリンピック アーチェリー日本代表決定

 

 

 

 

高校時代から目標に思っていた「オリンピック」。2008年8月、やっと出場しました。
2000年4月に、岸和田産業高校でアーチェリーに出会いました。面白かったのが始めたきっかけで、そこから、8年間いろんなことがありましたが応援してくれた人達がいたからこそ出場出来たと思います。
オリンピック出場が決まったのは、2007年7月のドイツの世界選手権の時でした。その後たくさんの試合、合宿をしました。2007年8月中国・プレオリンピック大会、アメリカ強化合宿、9月中国・アジア選手権、10月静岡強化合宿、2008年1月・2月タイ強化合宿、3月東京強化合宿、4月クロアチア・ワールドカップ第2戦、5月トルコ・ワールドカップ第3戦、6月フランス・ワールドカップ第4戦、7月兵庫・強化合宿、と毎月どこかに遠征に行っていました。1つの大会の為にここまで多くの準備をしたことがなかったので、勉強になりましたがその反面モチベーションを保つのが大変でした。

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5月のトルコでは、出発する前「これかな?」とつかみつつある感覚があり、中途半端な状態ではありますが試合に臨みました。しかし、その状態では当然のことながら、一回戦で負けました。負けた後、練習に行くと「これかな?」という感覚がまだ残っていましたが、「これだ!」という感覚に近づいていきました。ずっと、いろいろな試合で負け続けていたので投げ出しそうになり、マイナス思考になっていたので、感覚を取り戻してきたことにものすごく楽しさを感じはじめました。帰国後すぐに練習をして少しずつよくなっていく自分が楽しくて楽しくてたまらなかったです。今まで悪いときには、ごまかしながらやってきた部分も自分の思い通りに動くようになってきました。
6月フランスでのワールドカップを迎えました。オリンピック前の最後の大きな試合、ほかに出てきている選手も気合いが入っていました。その中で落ち着いて試合をすることが出来て6位でした。かなりの自信になりよい形で試合を終えることが出来ました。ここから1ヶ月、あまり何も覚えてないというくらいまで何も考えずに練習と合宿をこなして8月のオリンピックを迎えました。

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4年に1度のスポーツの祭典と呼ばれているだけあり、いつもの試合と違い、ものすごく待遇が違いました。北京に行ったのは、8月5日です。東京で集合し、他の競技の選手と同じ飛行機で北京へ向かいました。北京が近づくにつれて緊張しました。空港からバスで選手村に向かい、到着すると、その大きさに大変驚きました。選手村の中には、銀行・旅行会社・郵便局・土産物屋・カフェ・トレーニングジム・プール・ランニングコース・食堂・ランドリー・ゲームセンター・バスターミナルなどがあり、何不自由なく生活できました。食堂の中には和食・洋食・マクドナルド・マックカフェがあり、北京ダックはおいしかったです。
試合会場には、バスターミナルからバスに乗り5分ぐらいでした。試合前の練習では、他の国の人達も自分達も笑顔が出ていましたが、やはり試合が始まると全員どの大会よりも気合いが顔にみなぎってきました。僕自身も気合い十分で個人予選ラウンドに臨んだのですが、会場特有の風を読み取ることが出来ず、全体の22位でした。1回戦まで日程が空いているので練習をしていたら、思ったよりうまく射てていたので1回戦は、攻めの気持ちで自分自身に集中していこうと思っていました。しかし、いざ1回戦の日になるとそんなことも忘れて緊張していました。試合が始まる前に、アーチェリーを始めたときからの自分が走馬灯のように出てきて、試合が始まると足が震え、手が震え呼吸が荒くなり汗がたくさん出て何がなんだかわからない状態になりながら何とか勝ちました。2回戦はすぐに行われたので少し緊張が残っていたのですが、全力でいこうと考えていました。対戦相手が僕より強い人だったので心配でしたがなんとか勝つことができました。

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1日空いて3回戦だったのですが、対戦相手が昨年度の世界ランキング1位のロシアの人でした。今までの大きな試合では、対戦したことがなかったのに、なぜオリンピックの時に当たるのだろうかと思いながら、もう勝ち負けは関係ないから思い切って最後まで試合をしようと開き直りました。すると3回戦では初めのほうからリードして最後まで追いつかれることなく難なく勝ちました。かなり嬉しかったです。
そして負けた準々決勝、負けたのですが楽しかったです。対戦相手は今大会金メダリストのウクライナの選手で、6月のフランス・ワールドカップでも同じ段階で負けた選手なのですが、やはりうまかったです。この試合でも緊張をいっぱいして途中では崩れましたが、世界の壁は高いなと感じることが出来ました。強い選手と試合するのは、とても楽しく、緊張感があり、1本のミスでも許されない中で試合が出来たことは幸せでした。
8月のオリンピックはもう終わりました。今は選手として次の試合、目標に向かって活動しています。オリンピックは、本当に楽しく思いっきり試合も出来ました。これからどうなるかは僕自身わかりませんが、アーチェリーは続けていきます。
今回のオリンピックで応援していただいた同窓会の方々には、本当に感謝しています。これからもよろしくお願いします。